2007年08月17日

<第一章 水流(二)─6>

「なんのつもりの、邪魔じゃ?」
「邪魔をする気はない。ただ、風呂を覗く男と思われたくなかった。川原に竹垣が組んであり、湯気があがっているのが見えた。誰が入ってもいい風呂だと思った。中を確かめずに入った軽率さについては、謝らねばならんと思う」
 男は大きな躰を折り曲げて頭を下げた。
「どこの人ですかね?」
「このあたりの者じゃない。川筋の、木屋瀬というところにおる」
「あんたは、思いやりのない男じゃねえ」
「えっ」
「謝ることで、あたしにもう一度、恥を思い出させるつもりか?」
「それは」
「もういい。詫は受けた。これで、忘れることにしましょう。行け、新太郎」
 人力車は坂を登りはじめた。


]PP

《感想》
 木屋瀬から来た…ということは、この男はきっと正太ですね。
 この後、この2人は再び会うことになりそうですね
posted by 更紗 at 12:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 『望郷の道』第一章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月16日

<第一章 水流(二)─5>

瑠韋は、使用人の五助とセキの夫婦を呼んだ。
「この家は、新築する。露天風呂も、庭に移すことにする」
「狼藉者がおったとか」
「それとは、関係なか。工事の間、あんたらはどこかに住まんといかんよ」
「大きな家になるんでしょうか?」
「大きくはなか。派手でもなか。見る者が見りゃ、これは金がかかっちょる、という家を建てることにしている」
 翌朝、人力車で古湯を出発すると、坂道にさしかかったところで道に人が立ち塞がっていた。

]PO

■登場人物■
五助&セキ…瑠韋の別荘で使用人として働いている夫婦。庭の草とりまでやっている。


《感想》
 露天風呂付きの家を新築かぁ…。お金持ちなんですね、瑠韋は。その分、ク苦労も多いんだろうなぁたらーっ(汗)
posted by 更紗 at 13:38| Comment(0) | TrackBack(1) | 『望郷の道』第一章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月15日

<第一章 水流(二)─4>

 瑠韋は若い衆二人に人力車を曳かせ、古湯に向かった。曳いているのは新太郎と英蔵という新入りであった。
 古湯へ着いて露天風呂に入ると、いきなり囲いの戸が開いた。男だった。
「誰じゃい?」
 瑠韋が大声をあげると、若い衆が飛んできた。
 風呂を出ると、若い衆三人が庭に立ってうつむいていた。
「どうした?」
「それが、三人とも投げ飛ばされて」
「逃げたか?」
「素っ裸で、着物を脇に抱えて、堂々とむこう岸に歩いていきました」

]PS

■登場人物■
新太郎&英蔵…16歳の新入り。



《感想》
今回の挿絵は入浴シーンですが、『愛の流刑地』(前々回の日経の連載小説)のようなセンスのない下品なエロ絵ではないのがすばらしいです黒ハート
 やっぱり天明屋尚さんの絵はいいわぁ〜揺れるハート


posted by 更紗 at 07:55| Comment(0) | TrackBack(1) | 『望郷の道』第一章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月14日

<第一章 水流(二)─3>

 三十人の若い衆は瑠韋の決意を認めてくれたが、賭場の親方が女だというので客が甘く見るところがあり、それにはきちんと筋を通し続けた。同業の者からの干渉は、仲介人を立てて手打ちをした。
 古湯という温泉に別荘を一軒建てたが、自分が風呂に入っている時は囲いの戸をしっかり閉め、肩の緋鯉は人眼に晒さなかった。
 自分の心の弱さが分かっているので、自らと博奕を打つことはなかった。亭主はいないが、若い衆には女将さんと呼ばせていた。
]W

■注■
瑠韋の「韋」の字は本当は「王」+「韋」。


《感想》
 瑠韋の人望はなかなかのようですね。「女将さん」と呼ばせるくらいだから、年は結構いっているのでしょうか?


posted by 更紗 at 07:35| Comment(0) | TrackBack(1) | 『望郷の道』第一章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月13日

<第一章 水流(二)─2>

 父が死んでか初七日が終わると、藤家の稼業をどこが引き継ぐか、という話になり、四十九日を終えると縁のある者二十四名が古場に集まった。
 その場で瑠韋は自分が藤の家を継ぐ、と宣言するとその場が騒然となり、「女がなにを言うか」「女ではない」「女は女だろうが」と言い合いになり、瑠韋は男を張り飛ばした。
「藤の家が欲しければ、あたしを殺せ。女ではないから、殺して渡世の笑いものになることも、後ろ指を指されることもない」と言いながら片肌を脱ぐと、瑠韋の肩には鮮やかな緋の鯉の刺青があった。
 小城で賭場を開いている遠野征四郎という十右衛門の兄貴分になる人がまとめに入り、「やらせよう」といった。

]V

■注■
瑠韋の「韋」の字は「王」+「韋」


《感想》
 瑠韋は姐御キャラだったんですね。カッコいいです黒ハート
 ようやく登場人物の”顔”が挿絵に出てくるようになりました。やっぱり天明屋尚さんの描く人物はカッコいいですハートたち(複数ハート)
posted by 更紗 at 07:28| Comment(0) | TrackBack(1) | 『望郷の道』第一章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月11日

<第一章 水流(二)─1>

 瑠韋という名は、武士だった祖父がつけた。藤瑠韋。父の藤十右衛門は先年亡くなった。
 唐津、七山、古場にある三つの賭場を継いだ。
 藤の賭場は藩政時代からうまく隠す方法を磨いており、賭場の負けは必ず払わせるようにしていたので、他の賭場のようには潰れなかった。厳しくても公正で、当人が首を吊らなければならないほど追いつめなかったので、いい客を呼ぶ結果になった。
 父が死んでから、瑠韋が家を仕切り、三十人の若い衆もひとりも欠けずに残っていた。

]U

■注■
瑠韋の「韋」の字は本当は「王」プラス「韋」ですが、この漢字が出ないので「韋」の字を当てておきます。



《感想》
 『世界を創った男 チンギス・ハン』の時と同じくらい、登場人物の名前に難しい漢字が使われています…たらーっ(汗)
 現在では、おそらく、人名には使えない漢字でしょうね。
posted by 更紗 at 21:01| Comment(0) | TrackBack(1) | 『望郷の道』第一章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月10日

<第一章 水流(一)─5>

 久市が博多、唐津から船頭ができるという男たちを集めたので、むこうの同業者の面子のためにこちらが頭を下げる必要があったのだった。
「俺の名代ではなく、親父の名代だぞ」
「わかってるよ。出かける前に、親父の顔ぐらい見ていくことにするよ」
 正太が木屋瀬の屋敷に戻ると、夜更けに伝兵衛に呼ばれたので、使者の口上を述べた。
「この度は、やんごとなき事情でそちらの船頭を雇い、また挨拶が遅れましたこと、まことに申し訳なく思っております」
「役目は、わかっとるようじゃな」
 正太は嫁取りの話が出ると思っていたが、二時間ほど酒と雑談に付き合っただけだった。

]T

■登場人物■
伝兵衛…正太の父。



《感想》
 正太は結婚適齢期のようですね…。この小説の舞台は明治の頃でしょうか?当時の男性の結婚適齢期は、おそらくは10代後半〜20代前半くらいでしょうか?
posted by 更紗 at 07:26| Comment(0) | TrackBack(1) | 『望郷の道』第一章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月09日

<第一章 水流(一)─4>

「おかしなやつだよなあ、おまえ。滅法強くて、手先が器用で、度胸もある。兄弟三人、いや、四人の中じゃ、一番頭もいい。なのに、船頭になりたいなんて」
「放っといてくれよ、長あに。どうせ船頭なんか、親父が許すわけねえや」
「とにかく、木屋瀬(こやのせ)の家には行ってこい。逃げ回ったって、仕方ねえだろう」
「わかってる」
「じゃ、俺は帰る」
 正太が船で木屋瀬に行くと、久市が船着場に来た。
「使いだ。博多へ行って、唐津へ行って、それから佐賀だ。ひと回りして、挨拶を通してきてくれ」

]S

■今回の話で分かったこと■
・長次が正太を呼ぶのは面倒を抱えた時。
・長次はよく鼻が利く。
・正太は久市から給料を貰っている。



《感想》
 正太って、強くて器用で度胸があって頭もいいんですね…。これでイケメンだったら言う事なしですね。(今のところ、まだ挿絵に正太は登場していないので、イケメンかどうかは分かりませんが) 
posted by 更紗 at 07:31| Comment(0) | TrackBack(1) | 『望郷の道』第一章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月08日

<第一章 水流(一)─3>

 正太が小屋のそばまで行くと、男から「どけ。叩き斬るぞ」と抜き撃ちが来た。しかし、正太はこわいとは思わず、「刺すなら刺せ」と思っているので、普通なら退がるところを逆に一歩踏みこんだ。正太が上から木刀を叩きつけるとの刀が地に落ち、男は手首を抱えてうずくまった。
「ほれ行け。川筋の船頭を甘くみるな」と正太が言うと、男は蹌踉と歩み去った。


]R

■今回の話で分かったこと■
・男は侍だったらしい。
・正太は兄を「長あに」と呼んでいる。
・正太は剣術など習っていないが、喧嘩はめっぽう強いらしい。


《感想》
 刀を持った侍に勝つとは、正太の強さは並じゃないですね。
 正太って年齢はいくつなんでしょうか?前回の話で弟の年齢は6歳って書いてあったので、てっきり10代前半くらいかと思っていたのですが、この強さを考えると20代に入っているのでしょうか?



posted by 更紗 at 07:24| Comment(0) | TrackBack(1) | 『望郷の道』第一章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月07日

<第一章 水流(一)─2>

小屋に着くと、長次から「自分は侍だと言い張っている客が、金がなくなりかけて暴れそうだ」と言われる正太。
 「おうおう、十円擦っちまったな」という怒声と共に、若い衆がひとり蹴り出されてきて、男はそのまま若い衆をもう一度蹴りつけて川原を歩いていった。
 しかし、男は戻ってくると、帯に大刀をぶちこんでいた。

]Q
■今回の話で分かったこと■
・正太は金が無い。四人兄弟の三番目らしい。
・長次は賭場の親方。いつも粋な着流し。小柄で痩せている。懐にはいつも金が入っている。
・久市は上の兄。羽織姿が多い。川ひらた業小添の若旦那。(「ひらた」という字は「舟」+「帯」)
・末弟の名は忠助。腹違いの弟。六歳。



《感想》
前回の連載小説(堺屋太一先生の『世界を創った男 チンギス・ハン』)は登場人物の名前に難しい漢字が使われていることが多かったのですが(女真族の人物の名前とか)、今回も「みずはのめ」とか「かわひらた」などの字がかなり難しいです。こういう漢字が連発されていると、ブログのネタにするのがちょっと苦しいですねたらーっ(汗)

posted by 更紗 at 16:40| Comment(0) | TrackBack(1) | 『望郷の道』第一章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月06日

<第一章 水流(一)─1>

 正太は三寸ほどの小刀で罔象(みずは)の像を彫ると、新造の二艘の舳先に付けた。
 罔象の像は拳ほどの樫で、おぼろな記憶をもとに母コトの顔のつもりで彫った。罔象女(みずはのめ)は水の神だと祖父が教えてくれた。
 二番目の兄の長次から「直方の賭場へ来い」との使いが来たと、兄の久市から教えられ、正太は棹を執って船を出す。

]P
■登場人物■
正太…主人公。苗字は小添。船を操るのが好き。
久市…正太の兄の一人。
長次…二番目の兄。直方と木屋瀬で賭場を開いている。



《感想》
 日経の連載小説は、夕刊はカラーなのに朝刊は白黒印刷なので、私のように挿絵を見るのが楽しみな読者には少々不満だったりします。
 はたして、日経の購読者には天明屋尚ファンはどれくらいいるのでしょうか?
posted by 更紗 at 07:52| Comment(0) | TrackBack(1) | 『望郷の道』第一章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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